日本の景気は賃金が決める・2

前回は、「日本の景気は賃金が決める」という本の書評をいくつか紹介しました。



日本の景気は賃金が決める (講談社現代新書)

日本の景気は賃金が決める (講談社現代新書)

ところで、実はこの本の著者=吉本佳生氏は、自身の公式ブログで「ネット上の書評などだけで論じて、いいかげんなコメントを書く人たちがネット上にいろいろとい」るので、「ネット上の情報を検索して読んでからネット書店で本を買うタイプの人たちに対して、少しは著者としての情報発信をしておこうと思います」として、以下のような内容をブログにUPしています。


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拙著『日本の景気は賃金が決める』のポイントは「賃金格差が景気を決める」と主張していること
http://yoshimoto-yoshio.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-9270.html


(ここまで省略)


ところで、拙著『日本の景気は賃金が決める』(講談社現代新書)の内容について、ネット上の書評などだけで論じて、いいかげんなコメントを書く人たちがネット上にいろいろといます。まあ、ネットなんてそんなものなので、仕方がないのですが、ネット上の情報を検索して読んでからネット書店で本を買うタイプの人たちに対して、少しは著者としての情報発信をしておこうと思います。


賃金デフレこそがデフレ不況の原因であり、その背景には、日本銀行の金融緩和があったという主張は、以前書いた『日本経済の奇妙な常識』でおこなったものです。今回の『日本の景気は賃金が決める』は、さらに進んで「賃金格差の拡大が不況の根本原因であり、低賃金グループの人たちの賃金こそが大幅に上がるかたちで賃金格差を是正しないと、日本の景気の本格的な回復はありえない」と主張し、そのための政策を、いまおこなわれているアベノミクスを現実的に少しずつ修正することで実現しようと提案するものです。


なぜ、賃金格差が問題なのかについては、データを示して解説しています。低賃金の人たちは、それゆえに追加でもらったおカネをほとんど消費に回して、景気をよくする人たちです。他方、高賃金の人たちは、安倍政権が財界にお願いして実現しそうなボーナスアップなどを、おそらくかなりの部分、貯蓄(住宅ローン返済もマクロ経済では貯蓄にふくまれます)に回してしまい、それゆえに景気を悪くする人たちです。個々には、これと異なる行動をとる人がたくさんいますが、日本全体で平均的にみると、このような傾向が顕著です。


問題は、日本の賃金格差の背景にある社会構造をみると、ある意味で、アメリカよりもずっと不平等であることです。日本の賃金は、「男性・大企業社員・正規雇用・長期勤続(中高年)」の属性をもつ人が突出して高く、これらの属性のどれかがなくなると、平均的には、大幅に賃金が下がります。「女性・中小零細企業社員・非正規雇用・短期勤続(若者)」のどれかの属性をもつ人たちは、世界の主要先進国中で最悪といえる賃金格差に直面します。属性による賃金格差がひどいという意味で、私は、日本の賃金格差はアメリカよりずっとひどく、賃金はきわめて重要ですから、日本はアメリカより不平等な国だといえると考えます。


中国の経済格差も相当にひどいのですが、ある程度以上の経済力がある国では、相対的な貧困が問題になりますから、日本は、中国に似た感じの経済格差を抱えていると みてもいいでしょう。これが少子化にもつながっています。


女性にこそ読んでほしい、中小零細企業で働く人にこそ読んでほしい、非正規雇用のかたちで働く人にこそ読んでほしい、若者にこそ読んでほしいと考えて、今回の本を書きました。


つまり、私は、単純に賃金が上がればいいなんていっていません。女性の賃金が上がること、中小零細企業で働く人の賃金が上がること、非正規雇用者の賃金が上がること、若者の賃金が上がることが、日本の本格的な景気回復のためにはどうしても必要なのです。方法はあります。過去の日本経済で起きたことを参考に、データを示してそれを論じています。どうぞよろしくお願いいたします。


(大文字強調はfunaboristaによる)


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つまり、この本で提言している内容は、「“アベノミクスの(この本が出版された4/20時点での)政策”に対して付け加えるとしたら」という「条件付き」なのであって、提言内容自体が吉本氏自身にとっての「100%の自分自身の考え方」というわけではない、ということなんですね。


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さて、私のこの本のおすすめは(やっぱり書くんかいw)、第2章「日本銀行の罪―過去の金融緩和が賃金デフレを深刻にした」です。


一般的には金融緩和、特に「量的緩和」については、「通貨量の増大は、結果として通貨の価値を下げるので、為替レートの関係で輸出が有利になる」として、今の日本ではアベノミクスによるいわゆる「通貨安競争」については肯定的に捉える考え方が主流のようです。


しかし、量的緩和は「バブル」、という言葉はイメージ操作だというリフレ派の抗議を予め受け入れたとすると、量的緩和は「インフレ」、まあいずれにしても「価格上昇」を生み出すわけですが(という“前提”を今回はとりあえず採用します)、これは「どの商品の価格も一様に平均的にインフレする」というわけではありません。
事実、2000年以降の日本の量的緩和の時代には、一般的な商品の価格は一向に上昇しませんでした(つまり“デフレ”ですね)。


では、ダブついた貨幣は、日銀にブタ積みor企業の内部留保に回ったものが全てで、何の価格も引き上げなかったのかというと、実はそうではありませんでした。
吉本氏によれば、「一部が石油の投資市場に回り、それによって原油価格の高騰を引き起こしていた」とのこと。
そして、実は日本は輸出依存度が決して高くないために、当時すでに賃金デフレが起きていた日本では、原材料の価格上昇を商品価格に転嫁できず、従業員の賃金を下げることで低価格を維持してしまい、その結果さらに賃金デフレが進んだ、というのです。


要するに「金融緩和は原油価格の高騰の原因となって、賃金デフレを加速させた」のです。


通貨量を増やしてインフレを起こす場合、どこでインフレが起きるかを制御することはできません。
株式市場に流れてくれればまだいいのですが(いや、本当はよくないのですがw)、先日の暴落で(これはアベノミクスの失敗というよりも、単にミニバブルが弾けただけでしょう)有望な流入先の座からは転落してしまった、かもしれません。
だからといって、景気回復前に実体経済流入することはさらに考えづらく、今回も結局は資源投資市場に資金が回って、原料価格を高騰させて輸入価格を引き上げてしまう、といった可能性が十分に考えられます。


そう考えると、経済政策として「通貨量を増やして、円安誘導して、輸出で景気回復して、・・・」などと、軽々しくは言えないはずなのですが、世の中そうは思わない楽天的な人々が多数派のようです。


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ところで私、吉本氏の本を、もう10年以上も前にすでに購入しているんです。


金融工学 マネーゲームの魔術」


金融工学 マネーゲームの魔術 (講談社+α新書)

金融工学 マネーゲームの魔術 (講談社+α新書)

これは、経済学・数学の知識がほとんどない人でも、金融工学の“こころ”に触れることができる、とても良くできた入門書です。
当時書かれた金融工学の本の中で、ほぼ唯一の「普通の人が理解できる」本で、私は当時から、いずれこの人は「売れる」だろうなあ、と思っていました。


で結果、やっぱり「売れた」わけですが、その中でもとくに有名なのは以下の2冊。


「スタバではグランデを買え! ―価格と生活の経済学」


スタバではグランデを買え! ―価格と生活の経済学

スタバではグランデを買え! ―価格と生活の経済学

「日本経済の奇妙な常識」


日本経済の奇妙な常識 (講談社現代新書)

日本経済の奇妙な常識 (講談社現代新書)

で、「日本経済の奇妙な常識」のp217には


原油価格の高騰でさえほとんど価格に転嫁できない中小企業経営者に『このたび日本銀行は、ノーベル経済学賞をとった偉い経済学者が提案している立派な理論に基づいて、毎年二%の物価上昇を政策目標にすると決めましたから、御社も価格を二%上げてください』といったら、本当に物価が上がるなんて話は、おとぎ話としても稚拙すぎます。頭でっかちの学者がエリート気取りで、実現性がない政策を国民に押しつけても、日本経済は復興しません」


と書いてあります。


・・・なるほど、確かに自身のブログで一言言っておきたくなるわけです。