「コモディティの金融商品化が商品価格に与える影響」

前回のエントリー「日本の景気は賃金が決める・2」に、MTさんからコメントをいただきました。
そのお答えが長くなってしまったので、というのもありますが、リンク先に簡単にとべるようにというのもあり、このエントリーを回答とさせていただきます。
(私はコメント欄のアドレスに自動リンク機能を設定していませんので/とはいっても、長い文章をエントリーにしないのはもったいないという貧乏根性がやっぱり一番ですw)


また後半では、内閣府の経済白書「世界経済の潮流 2011年 I」から、「第1節 世界の財市場と一次産品価格」の一部を抜粋・紹介したいと思います。


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原油価格が最高値をつけたリーマンショック前よりも、現在は量的緩和の規模が世界中で段違いに拡大しているのにも関わらず、原油価格はピークを遥かに下回っています。
量的緩和原油価格に与えた影響は無いか、あるいは無いに等しいと言えるくらい軽微なものでしょう。


それは、現時点では原油市場よりも魅力的な投資先が数多くあるというだけの話、かもしれませんね。
現時点の状況をもって、過去「量的緩和原油価格に与えた影響は無いか、あるいは無いに等し」かったと判断するのは、あまり論理的ではありません。
(これが「量的緩和が常に石油価格に影響を与える、という訳ではない」というのであれば“正しい推論”と言えるでしょう。/ところで石油価格のピークっていったいいつでしたっけ?というのは後で書きます。)


>理論的にもマネーストック、つまり貨幣量が(GDP成長と比して)大幅に伸びたわけでもないので、どこかにお金が流れ込んだりすることもできず、一般物価であれ特定財価格であれ大きく押上たはずもありません。


世界での話はともかく、日本においては「マネーストック、つまり貨幣量が(GDP成長と比して)大幅に伸びたわけでもない」というのは「間違い」です。
こちら(http://toyokeizai.net/articles/-/13661)のグラフを見てもらえればわかるように、マネーストックが順調に?伸びているのに対して、名目GDPは90年代からほぼ横ばい、年を追うごとにその差は広がっています。
(ところで、世の中には「日本はいままで量的緩和をしてこなかった」と主張する人が一部いらっしゃるようですが、せめて多くのリフレ派のように「日本は量的緩和が不十分だった」と表現して欲しいものです。)
そして、その緩和資金の一部を海外の投資ファンドが円キャリートレードで運用していた、というのが吉本氏の主張です。


もしかしたら、世界全体としては「マネーストック、つまり貨幣量が(GDP成長と比して)大幅に伸びたわけでもない」、つまり「世界は量的緩和政策が景気に反映=量的緩和政策が成功している」のかもしれません。
(「なぜ日本だけは・・・」とリフレ派の方々はよく仰いますもんね。)
しかし、であれば寧ろ、投機の原資は「(量的緩和GDP成長につなげられなかった)日本からしか引っ張ってくることができなかった」ということに、結果的になってしまうのではないでしょうか。


もちろん、「金融緩和が成長につなげられなかった」ことが、日本における「金余り」の原因ではあります。
しかし、「成長につなげられない量の金融緩和を続けたために、その結果投機マネーを増やし、バブルを引き起こした。成長に必要な量以上に通貨量を増やした日銀が、原油価格の暴騰(そして暴落)幅を結果的に広げてしまった。」という吉本氏の「日銀アシスト説」は、以上の推論より適切である、と私は考えます。


(もちろん、日本の金融緩和による余剰金は原油市場ではない別のところに回り、原油価格の高騰の原資はまた別のところから来た、という可能性はあります。もしそれを示す資料をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ご教示いただけるとありがたいです。)


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原油価格の上昇は量的緩和の開始より前に、新興国の成長が力強くなるとともに始まりました。


これは、オイルショックの時代のことでしょうか?
それとも・・・?


いずれにせよ、「とともに」の部分はもう少し“丁寧に”書いた方がよろしいかと思います。
つまり、


原油価格の上昇は量的緩和の開始より前に始まり、それを原動力にすることによって、産油新興国は力強く成長しました。」


新興国が成長したから原油価格が上昇したのではなく(これじゃなんだか武力のような強制力を使って価格を上昇させたように感じてしまいます)、原油価格が上昇したから新興国は成長できた、というよりも、産油新興国の立場からすれば「成長する原資とするために、新興国原油価格を上げた」のですから。


>そして、新興国がかつてほどの輝きを失った現在、量的緩和の大規模化にも関わらず、ピークよりも相当に低い値段になっています(一般に原油価格は、日本と異なり通常のインフレ状態にある米国の通貨ドル建てで測られ売買されることを考えれば尚更です)。


これはエネルギーの選択肢が増えたから、というのも一因だと思われます。


しかし、そもそもMTさんが書かれていることは、はたして本当なのでしょうか?


つい5・6年前のことです。思い出してください。


2007年1月、1バレル58ドルだった原油先物価格は、一年半後の2008年7月に147ドルの投機的高騰を記録し、しかもその半年後の2008年末には1バレル33ドルにまで暴落しました。


MTさん、まさかこの暴騰からの暴落についても、「『新興国の発展に伴う旺盛な需要』による価格高騰、そして需要が満たされたが故の暴落」と主張されるつもりではありませんよね?


原油価格と時代背景については、こちら(http://www.noe.jx-group.co.jp/binran/part01/chapter03/section02.html)のグラフ(図 1-3-1)をご覧いただくのがわかりやすいと思います。
グラフにその時代のトピックや社会背景が書き込んでありまして、2004年〜2008年には「投機資金の流入拡大」、暴騰の最終局面の背景には「サブプライム問題」、そして2004年にそもそものの価格上昇要因として「中国やアジア途上国の石油需要拡大」とあります。


以上により、


新興国の発展に伴う旺盛な需要、それこそが原油価格上昇の真因であって、量的緩和はほとんど無関係でした。


は、オイルショックの時代に対する言及であればともかく、「21世紀に入ってからの原油価格に対する言及としてはほとんど誤りである」ということが示せたのではないかと思います。



そしてここまでを、前回のエントリー「日本の景気は賃金が決める・2」にいただいた、MTさんからのコメントへの回答とさせていただきます。


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吉本氏の主張(日銀バブルアシスト説)の元ネタの一つは、内閣府発表の経済白書「世界経済の潮流 2011年 I」です。
(この本に限らず吉本氏の著書では、たとえ文庫本であってもデータ元が逐一示されており、引用とオリジナルの考えとがはっきり区別できる上に、元資料にさかのぼりやすいという利点があります。学術書では当たり前のことなのかもしれませんが。)


“金融緩和がバブルに与える影響”を考えていただく資料として、その中から「第1節 世界の財市場と一次産品価格」の一部を抜粋・紹介したいと思います。


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(ここから引用)


(3)コモディティ金融商品化が商品価格に与える影響


ここまでみてきたように、商品取引における新たな投資家層の存在感の高まりや新興国取引所の台頭といった2000年代の商品取引市場の構造変化は、市場の価格形成にどのような影響を与えているだろうか。
一般に、一次産品は、工業製品に比べて天候要因、地政学的要因等の影響を受けやすく、また生産調整が行われにくい。
このため、生産予測をもとに投機的取引が行われやすい。
実際、2000年代後半のバイオ燃料等の開発に係る市場の投機的な動き、08年後半の世界金融危機、その後の世界的な金融緩和による流動性の高まり等の動きと軌を一にして、一次産品の価格は大きく変動している。


この時期にみられるようになった傾向が2点ある。
1つは、商品価格と他の資産の価格変動の相関が高まっていることが挙げられる。
例えば、2000年代の半ばから08年のピークに向けて商品価格が上昇した局面では、世界的な景気拡大を背景に金融資本市場のリスク志向が高まり、株式市場では株価が上昇、為替市場では新興国通貨への資金流入等がみられた。
一方、金融危機発生後、金融資本市場全体にリスク回避の動きが広がると、株価や新興国通貨が大きく売られる局面に合わせるように商品価格も大幅に下落する動きがみられた。
実際に、株式との相関係数をみると、2000年前後辺りまではほぼ無相関であったが、2000年代半ば以降は高まっている(第1-1-22図:http://www5.cao.go.jp/j-j/sekai_chouryuu/sh11-01/s1-11-1-1/s1-11-1-1-22z.html)。


これは前述のように、コモディティ金融商品化し、投資家の商品取引市場への参入が容易になったことと関係していると考えられる。
かつては、コモディティは株式をはじめとする伝統的資産の価格の動きとはほぼ無相関であるということで、オルタナティブ(代替)資産と位置づけられていたが、現在は、幅広い投資家の資産ポートフォリオに組み入れられてきているため、市場のリスク志向の影響を受けて価格が変動する傾向にある。
すなわち、投資家のリスク志向が高まれば(risk-on)、価格が上昇し、リスク回避志向が強まれば(risk-off)、価格が低下する傾向がみられる。


2つ目の傾向として、主要商品銘柄について、市場参加者別取引ポジションの推移と価格の関係をみると、「非当業者」の中でも、マネーマネージャーのネット・ポジションと商品価格の変化に一定の相関がみてとれる(第1-1-23図:http://www5.cao.go.jp/j-j/sekai_chouryuu/sh11-01/s1-11-1-1/s1-11-1-1-23z.html)。


近年の価格の上昇局面では、マネーマネージャーはネットの買い(ロング)のポジションとなっており、これらの投資家の動向が商品価格の形成に影響しているとみられる。
彼らは、価格ヘッジが主な取引ニーズである当業者(生産者・取引業者等)と違い、投機目的で取引を行う投資家であるため、市場の変化に応じて素早く売買を繰り返すような取引を行う傾向が強いとされる。
投機家は反対売買によって利益を確定する動きを行うため、市場における投機家の存在は、理論的には、長期的に価格を安定させるものである。また、色々な見方を持つ投機家が多数存在すれば、理論的には価格安定に寄与すると考えられる。
しかしながら、現状をみると、新興国の需要増加等の経済のファンダメンタル要因がより増幅された形で商品価格に反映される傾向が強まり、実需における需給バランスからかい離した水準で市場価格が決定され、また、価格変動が不安定化しやすくなってきていると考えられる。


(引用ここまで)

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ちなみに商品ETF原油、小麦など商品先物の指数に連動する上場投資信託)は、2000年代初頭には存在すらしていませんでしたが、2010年には1848億ドルに急拡大しています(http://www5.cao.go.jp/j-j/sekai_chouryuu/sh11-01/s1-11-1-1/s1-11-1-1-20z.html)。


「株式との相関係数をみると、2000年前後辺りまではほぼ無相関であったが、2000年代半ば以降は高まっている。」


新興国の需要増加等の経済のファンダメンタル要因がより増幅された形で商品価格に反映される傾向が強まり、実需における需給バランスからかい離した水準で市場価格が決定され、また、価格変動が不安定化しやすくなってきていると考えられる。」


このような状況で、世界は、そして日本も、バブルの原資になる可能性を知りながら、それでも「量的緩和」をさらに進めようとしている


このことを心の隅に留めておくのは、決して悪くない事だと思います。